情報発信力

 

自分が育ってきた記憶の濃い1960年代から1970年代の自分の生活圏ではマンガやアニメはスポ根もの中心で、CMは「男は黙ってxxビール」、男性の多弁・能弁は必ずしも好感をもたれず、むしろ軽くみられ、言い訳をしない「不言実行」型が信頼され、好まれるイメージがありました。

一方、アメリカに駐在(80年代末から90年代初頭と、2008年から2012年まで)していて驚いたのはアメリカ人がよくしゃべることでした。

沈黙がいやなのか、とにかく話が続くわけです。 この傾向は政治の中心地ワシントンDCでは特に顕著で、シンクタンクの研究員はもとより、パネラーで登場するゲスト、そしてフロアにいて質疑応答で質問する一般の人々など老若男女が早口で機関銃のように、かつ理路整然と論理を展開していました。これらは「大切な情報共有」と見られていました。

そしてそのワシントンDCのシンクタンクやメディアなど知的階層においてドイツのプレゼンスが目立っていたと感じました。 聞くところではドイツの与野党が皆、ワシントンDCに事務所をもっているとのこと、またジャーマン・マーシャル・ファンドという米国と欧州の大西洋を挟んだ大きな国際・地域・社会問題研究のシンクタンクの資金をドイツが提供しているという存在感があります。 その結果、ドイツは少なくともワシントンDCにおいて政治、外交、安保、環境、技術革新などのテーマで様々な情報発信を行っているイメージがあります。

一方、ワシントンDC駐在員時代、購読していたワシントンポスト紙を開くと中に「Russia Now」という別刷りのセクションが登場したり、「China Daily」が登場したりする日が週に一度、或いは隔週で一度ありました。 ロシア政府や中国政府の肝いりのメディアによるコンテンツですから当然のことながら両国の好ましい点ばかりが紹介されていました。 ある種「やらせネタ」ではありますが、それでも情報発信していれば、しないよりは認知度も好感度も上がるとの計算があるのでしょうか。 

 

私はワシントンDC駐在時の最後の4年間、日本の新聞ネタの中からアメリカ人に知っておいてほしい日本の変化や現状の記事を簡単に英訳して「Japan Digest」と称しウィークリーメルマガとして発信しました。 今も隔週ペースで発信を続けています。 ごく少数のアメリカ人読者からは感想や質問が来たりします。 「なぜ日本はそうなっているのか?」についてもっと掘り下げて分析し、自分なりの意見を投じればもっと多くのリアクションがあるのだと思いますが、そこまでの余裕がないのが実情です。 アメリカには和食、日本車、マンガ、アニメ、ハローキティなど「日本」があふれていました。 それでもあるアメリカ人パートナーは昨年末来日した際に日本をいまだに「神秘な国」と表現していました。 まだまだ日本についての英文での情報発信が足りないということなのでしょうか??